
こんにちは!さくらん散歩のさくらんです。
今回は、東京都日本橋に鎮座する「小網神社」をご紹介します。
「強運厄除の神さま!」で名高く、著名人からも強く推される人気の神社。

今回参拝機会に恵まれたので、初めて参拝してきました^^
- 歴史や御祭神について
- なぜ強運厄除の神さまといわれているのか
- どんなご利益があるのか
- 境内の見どころや楽しみ方
- アクセス方法
授与品については、こちらの記事でご紹介しています。
参拝の参考になれば幸いです。

それでは、いってみましょ〜!
「小網神社」にはどんな神さまが鎮座しているの?
- 倉稲魂神(ウカノミタマノカミ)
- 市杵島比売神(イチキシマヒメノカミ)
- 福禄寿(フクロクジュ)
倉稲魂神は、「稲に宿る神秘な霊」「五穀豊穣の神」と考えられている神さまです。「お稲荷さん」の愛称で広く慕われています。
市杵島比売神は、日本神話に登場する女神さま。海の神・水の神として信仰され、「弁天様」としても深く慕われている神さまです。
福禄寿は、七福神の一柱。人徳・財徳・福徳「三徳」のご利益があり、健康長寿の神さまとしても信仰されています。

お稲荷さんといえば、境内には朱色鳥居や狛狐がいるという印象が強い方も多いのではないでしょうか?

小網神社はパッと見その要素が全くありませんが、御祭神は正真正銘のお稲荷さんである倉稲魂神さまです^^

「小網神社」の歴史
正式な年代は明らかではありませんが、今からおよそ一千年前。
武蔵国豊島郡入江あたりに(現在の東京都一部区間)萬福庵という、恵心僧都(えしんそうず)が開山し彼が作ったとされる、観世音と弁財天を安置する場所がありました。
1466年(文正元年) 萬福庵周辺では、悪疫が流行。
村の人々は、大変困り果てていました。
そんな中、漁師の翁が海上で網にかかった稲穂を手に庵に訪れ、数日間寝泊まりをしました。

ある夜、当時の庵主の夢に恵心僧都が出てき
「この老人を稲荷大神として崇めれば、疫病は消滅する」
と告げられました。

翌朝、驚くことにその翁は姿を消していましたが、庵主は直ちに村人達に伝え、神社を創建。
翁を「小網稲荷大明神」と称え、日夜祈祷を続けると悪疫は鎮まり、村人達は歓喜したといわれています。

領主であった太田道灌(おおたどうかん)もこの御神徳を耳にし、神社に参詣。土地を寄進し、「小網山稲荷院萬福寿寺」と名付けました。
1596~1615年(慶長年間)には、周囲地域も小網町と名付け、神社を氏神として崇められたのでした。

明治維新後の神仏分離令により、萬福寿寺から分離。
萬福寿寺はその後廃寺したものの、1873年(明治6年)には「小網稲荷神社」として、村社に指定されました。
1923年(大正12年)の関東大震災で社殿を焼失。現在の社殿と神楽殿は、1929年(昭和4年) に大正期の明治神宮造営の工匠長・内藤駒三郎宮大工一門により造営されました。
その後戦災を免れ、現在は日本橋地区に残されている唯一の「戦前の木造神社建築」となっています。

戦後の宗教法人化にともない、名称は「小網神社」と替わり、社殿・神楽殿は中央区の文化財に登録されたのでした。
「小網神社」はなぜ強運厄除の神様と有名なの?
「小網神社は強運厄除の神さま」と聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

なぜ小網神社が強運厄除の神様かというと、その話は第二次世界大戦までさかのぼります。
第二次世界大戦時、当社の氏子も出兵し、戦地におもむく事になりました。
その際、出征兵士に対し出征奉告祭を行い参列。
当社の御守を受けた兵士達が、無事全員帰還されたという奇跡がおこりました。
また1945年(昭和20年)の東京大空襲時には、東京下町地区は甚大なる災害を受けたにも関わらず、当社の社殿を含む境内建物も奇跡的に戦災を免れました。

戦前の1923年(大正12年)の関東大震災時には、旧社殿が1度焼失していました。

しかし当時の宮司が、稲荷大神や弁財天などの御神体を自ら抱え、近くの新大橋へ避難していました。
共に避難していた人々も混乱なく、新大橋自体も落ちることなく、全員が無事助かったといわれています。
このような数々の強運を受け厄を除けているところから、「小網神社は強運厄除の神様」といわれるようになったのでした。
「小網神社」にはどんなご利益があるの?
- 強運厄除
- 財運向上
- 健康長寿
- 病気平癒
- 子孫繁栄
- 学芸成就
小網神社は「強運厄除の神さま」といわれているように、運気や厄除けにとても強いご利益があるとされています。
また弁財天さまや福禄寿さまのご利益である、財運向上や学芸成就、健康長寿や病気平癒といったあらる方面でもご加護を与えてくださいます。

「小網神社」の見どころや楽しみ方はなに?
小網神社境内は、比較的こじんまりとしている神社です。
その中でも、見どころや楽しみがたくさん♪

美しい彫刻「昇り龍」・「降り龍」
参拝をする際、社殿を見上げてみてください。
拝殿上には、「昇り龍」と「降り龍」という美しい彫刻が施されています。
小網神社
強運厄除のシンボルともされるこの彫刻は
- 参拝者の祈りや願いを神さまに伝える「昇り龍」
- 神さまの神徳を参拝者に授ける「降り龍」
とそれぞれ伝えられています。
拝殿の少し奥まった場所にある為、混雑している時は見るのがなかなか難しいかもしれません。


拝殿横、社務所前辺りからであれば、横から龍の姿を見ることができます^^

ただ本当にスペースが限られた境内なので、神職さんや参拝される方々の妨げにならないようにしましょう。
東京の銭洗い弁天の社と井
境内の左側には、御祭神の一柱・イチキシマヒメさまの像と、銭洗いの井があります。

手持ちの金銭をザルに入れ、井にて清め財布などに使わず収めておくと、その金銭が「種銭」となって新たなお金を呼び、財運を授かれるといわれています。


水に浸すので、硬貨がオススメです
「手持ちの金銭を代表して清める」と思いながらであれば、1枚でも効果はあります。

つられて笑顔になる福の神「福禄寿」
鳥居をくぐってすぐ左側には、ピカピカに光り輝く福禄寿さまの像があります。

人徳・財徳・福徳「三徳」のご利益があり、健康長寿の神さまとしても信仰されています。

近くで見ると、つられてこちらも笑ってしまうほどの笑顔^^

撫でて清めることができるので、参拝された際はぜひ撫でさせてもらってください。
トゥルントゥルンの撫で心地でした♪
「小網神社」施設情報
〒103-0016 東京都中央区日本橋小網町16-23
TEL 03-3668-1080
アクセス
最寄り駅は「人形町駅」「水天宮前駅」「茅場町駅」
- 人形町駅からは、徒歩約5分。
- 水天宮前駅からは、徒歩約10分。
- 茅場町駅からは、徒歩約15分。
最寄りバス停は「蛎殻町(かきがらちょう)」
- バス停から、徒歩約3分。
参拝者専用駐車場はありません。
参拝する際は、近隣のコインパーキングを利用されると良いでしょう。
各所受付時間
- 参拝可能時間 24時間
- 授与所受付時間 9:00~17:00
祈祷は要予約制。
公式ブログ→小網神社
公式サイト→小網神社
「小網神社」さいごに
いかがでしたか?
今回は、東京都日本橋に鎮座する「小網神社」をご紹介させて頂きました。
授与品については、こちらの記事でご紹介しています。
神社自体は驚くほどコンパクトですが、その大きさに比例することなく、神さまのパワーと慈愛が溢れんばかりに境内に満ちています。
近くに来られた際は、ぜひ小網神社にも訪れてみてくださいね。

このブログが、皆様の参拝の参考になれば幸いです。

最後まで閲覧頂き、ありがとうございました。
コメント